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2026/03/23

連載企画:私が職人になった理由

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 こんにちは!首都圏のエリア(東京、神奈川、千葉、埼玉、茨城)で、建設職人をサポートしている建設ユニオンです。

 「上げ膳据え膳」。昔の大工は、お客さんに大事にされていて、現場でお茶を出してくれるのはもちろん、食事を振る舞ってもらうなど、羽振りがいい印象があり、子どもの自分にとって憧れの職業でした。
 子どものときは朝起きると、両親は畑仕事に行っているので、飯の支度は自分の役割でした。料理の腕前には自信もあったし、中学を出たらコックになろうと思っていました。昔は中学卒業と同時に家を出て仕事に就くというのが一般的だったからです。
そんな時、東京の練馬で叔父(母の弟)が大工をしているというので、お願いして弟子入りすることになりました。これが職人になった理由です。叔父は現場では厳しく、仕事は大変でしたが充実していました。辛かったのは、休みがほとんどもらえないことでした。当時、小僧の立場では当たり前だったのかもしれませんが。その分、盆と正月に群馬に帰省するのが唯一の楽しみでした。列車は満員で、窓からカバンを投げ入れて飛び乗ることもしていました。
19才の時、仕事で大ケガをして一年近く本業を休みました。休業中は群馬に帰り、旅館の番頭や免許の取得などをして、転んでもただでは起きない感じで楽しくやっていました。
 結果的に大工になりましたが、手前味噌ですが、同級生は私に会うと「絵描きになっていると思ってたよ」といいます。子どもの頃、絵が好きで、展覧会に出せばいつも金賞だったからです。またスキーは1級を取得。群馬はスキーが盛んですが、1級まで取る人はそれほどいません。ちなみに妻とはスキーで知り合いました。昭和47年 『保谷ミラクルレーン』が開業したとき、一番先に3百点満点を出したのは私です。山登りも好きで、日本百名山を夫婦で一緒に制覇しました。
28才で独立して、現在に至ります。ひざを悪くして今は積極的には仕事をしていませんが、書記長を務めた志津壽彦さんや、世田谷支部執行委員長を務めた志村勲さんにはお世話になりました。これからも組合に参加しますので、よろしくお願いします。 

 建設ユニオンは青年部や後継者世代、主婦の会、年輪の会など、活動をしています。活動に参加して、交流を深めませんか?

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